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ルーツは同じかな?

CA3I5268000100010001.jpg 先週公開の4軒は予想通り二桁苗字が多かった。「喜入」さんは「きいり」「きいれ」さんで全国98軒。鹿児島42(奄美大島22、鹿児島市12)、東京11、大阪10、神奈川6。喜入氏は島津氏の支族だと

か。「畝崎」さんは「うねざき」さんで全国21軒。高知12(土佐清水市9)、愛媛5、広島3。由来不明。「河方」さんは全国40軒。岐阜17(八百津川町11)、愛知10。こちらも由来不明。この二つは、杉並区和田堀公園近くの同じ家にお住まいだ。「明日」さんは「ぬくい」「あけひ」「みょうが」と三通りの読み方があった。4軒の中では最も多い全国110軒。山形30、愛媛26、広島11、宮城8、愛知7、大阪5。今治市大三島町明日が発祥だとか。明日兵庫頭が大白山祇神社を守備した明日城跡があり、落城の折りの悲話を伝える城名に由来するそうだ。今回も鍋谷さんに教えていただいた。ありがとうございました。

 さて本日公開は写メの3軒だ。「神林」「上林」さんは珍しくないが、この写メ上の「かんばやし」さんは初めて見たぞ。中段は「こみやま」さんだろう。「小宮山」さんは珍しくないけど「込山」さんは知らなかった。写メ下は「ひきた」「ひきだ」の他に読みようがない。「疋田」さんなら知り合いもいるけど、この字は知らなかった。それぞれルーツは一緒なのだろうか。

 今日は冷たい雨の中、母の納骨をするんだ。コートを着たままでもいいのかな。やっぱまずいな。カイロを何枚か貼って行こう。桜の花の下で母にお別れしたかったが、墓地の桜はまだだろう。冷たい涙雨の別れとなってしまった。

 


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寒いぞ、バカヤロ

CA3I5343000100010001.jpg 暑さ寒さもというけれど、おととい彼岸が終わったのにまた寒くなった。ざけんなバカヤロ。久しぶりに湯たんぽをつかったら、またまた八街、じゃなかった、やっちまった。低温やけどをしてしまったのだ。これまで湯たんぽでの低温やけどは3回していて、すべて膝から下の怪我である。だから腰から下は警戒して、足元の布団が温まったら湯たんぽを脇腹付近に移動させていたんだ。今朝目が覚めたら左手の甲がヒリヒリする。写メのような水泡ができていた。汚い写真をUPしてごめんね。どうしてオイラ、こんなに馬鹿なんだろう。去年夏の吉田沙保里みたいに、お父さんに叱られるう〜と泣きたい気分だ。

 夕べ遅く、日付が変わった時分に次女帰宅。那覇市内で仕事を終えてから最終便に飛び乗ったらしい。寒い寒いを連発しながら家に入ってきた。まだ寝ているからほとんど話はしていない。今夜はどこかで一緒に呑むことになるだろう。僕はこれから定期健診に行く。でも、寒いぞバカヤロ。
 

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新製品続々

CA3I5339000100010001.jpg きのうの記事に短足校長からいちゃもんtelあり。「お前なあ、きのうのタイトルだけど、なんで『牡丹』と『ぼたん』が混じってるんだよ。統一しろよ」だって。あれはね、根岸のおかみさん海老名香葉子のデビューエッセイ「ことしの牡丹はよいぼたん」をもじったんだよ。わかってくれよな。子供の頃の楽しみが秋刀魚ご飯と林家三平だったという君ならわかると思ったのに。ちなみに秋刀魚ご飯とは、白メシに塩漬けの秋刀魚を炊き込んだものらしい。そんな生臭い物食って育ったから、君のような狷介なジジイが出来ちゃうんだよ。

 ビールの売り上げは毎年右肩下がりだというのに、今年になってから新しい味がたくさん発売されている。写メ左の青い缶は先日紹介したけれど、白い缶は買ったばかりのエビス「華みやび」だ。夕べ呑んだけど、軽くてフルーティーながらコクがあって旨かったよ。これを毎晩呑めと言われたら困るけど、空気が乾いた晴れた日の夕方に呑めるなら嬉しい。僕が毎晩でも飲めるのはサッポロ黒ラベルだ。というわけで、今夜も黒ラベルから晩酌を始めるであろう僕は、昼間は都内で用がある。
 

| - | 05:49 | - | - |
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ことしの牡丹はないぼたん

CA3I5338000100010001.jpg きのう吉祥寺東町の安養寺前を通りかかったら、あなた驚くじゃありませんか。あっ、驚きませんか? 僕は驚きました。隣の消防署支所の新築工事で、参道の牡丹の植え込みが削られている。写メ上(きのう撮影)と写メ中段(去年5月撮影)を見比べてほしい。僕の春の楽しみが一つ消えた。建築確認の看板を見たら、工事発注者は小池百合子だって。厚化粧の大年増のバカヤロー。

 工事現場を眺めて慨嘆していたら、すぐ脇を右翼の街宣車が「青年日本の歌(昭和維新の歌)」を大音量で流しながら走り抜けて行った。♬汨羅の淵に波騒ぎ巫山の雲は流れ飛ぶ 反中を叫ぶ街宣車右翼が中国の故事を流す。いったいどういうわけだ。5・15事件の首謀者の一人による作詞作曲だけど、当時の憂国の士は反中だったわけじゃない。むしろ中国古典にたいするリスペクトがあった筈だ。とはいってもこの歌は、土井晩翠の長篇叙事詩「星落秋風五丈原」を換骨奪胎したものだけどね。おととい東京で桜の開花宣言が出た。あと2週間もすれば、この歌4番にある♬散るや万朶の桜花 が見られるだろう。というわけで、今夜は蛍烏賊と独活でポン酒呑むかな。
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| - | 05:25 | - | - |
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ラナンキュラス

CA3I5332000100010001.jpg 大昔のことである。中学に入って初めて英語を習った。教科書にbuttercupという単語が載っていた。辞書を引くとキンポウゲとある。クラスの誰もそんな花を知らなかったと思う。教えている先生だって、そんな花、見たことないに違いなかった。50歳を過ぎて知った事ことけど、buttercupはイングランドに春の訪れを告げる花だという。僕らが中学で習ったのはイギリス英語らしいから、教科書に出てくる自然の意匠も人間のありかたもイギリスだった。日本には「ウマノアシアト」という和名のキンポウゲが自生するが、当時の僕はそんなこと知らなかった。

 最近やたらに人気な鉢植え植物にラナンキュラスという花がある。キンポウゲ科である。派手で安くて多年草だから売れているのだろう。我が家の門前も今春はチューリップがないからラナンキュラスを植えている。宿根草だというが夏の暑さには弱いらしい。今年の夏が越せるかな。僕も体力激減だけど今年の夏は越せそうだ。というわけで今日は都心で怖い顔して、若い看護師や介護士に説教垂れてます。
 

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万華

dc03171400010001.jpg 「帝国日本と植民地都市」に台北の万華にあった遊郭の写真が載っていた。万華は台北の歌舞伎町とも呼ばれる西門町のすぐ近くの街だ。治安のいい台湾の中で、ここだけはデンジャラスゾーンである。どっかで見た光景だと写真を眺めていたら、今ある淫売窟と同じ場所じゃないか。写メ中段は、その淫売窟メインストリートを歩く僕。後姿の岡持を持った姐さんは、ワンタン屋で買春宿へ出前に行くところだ。姐さんの向うにいるのが僕だよ。撮影したのは次女。ディープ台湾を見せてやろうと連れて行ったのだ。

 この通りは観光スポットである名刹・龍山寺から歩いて10分くらいだけど、良い子のみんなは行かないように。へたな所を写メなんかしたら腕一本じゃ済みませんよ。僕は危機回避の知恵と人脈があるから気ままに散歩できるけど。テレサ・テンは売春街じゃないけれど、この近くの似たような雰囲気の裏街で生まれ育ったんだ。

 写メ下は僕の本棚にある『近代日本と植民地 全8巻』(岩波書店)。僕が40代の時に出たシリーズで、定年になって暇になったら読もうと買っておいたのだが、まだ1割も読めていない。台湾と満州と韓国をもっと知るために読みたいんだけど、ついつい小説優先の読書になってしまう。基本的に知的好奇心が足りないんだろう。というわけで、週末に沖縄から戻ってくる次女のために、今日は魚の粕漬けを仕込むことにしよう。金曜の深夜に帰宅して、土曜の晩は呑みに行くから食わせるのは日曜の晩だ。ちょうどいい漬かり具合になっているはずだ。
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巣作りの季節

CA3I5335000100010001.jpg 気の早いソメイヨシノが、どこかで一輪咲いていないかな。そう思ってきのう近所を見て回ったけれど、見つけることはできなかった。そのかわり嫌なものを見た。五日市街道沿いの公園にあるタイサンボク(岱山木)のてっぺん近くに、枯れた小枝を咥えたカラスが飛んで行った。しばらく観察していると、二羽のカラスが交互に小枝を運んできている。やばいじゃないか。この公園では小さな子供たちがたくさん遊んでいる。この木に巣を作られたら子供たちが危ない。抱卵中、子育て中のカラスは極めて攻撃的だ。はるか頭上にカラスの巣があるとも知らず遊んでいる子供たちは絶対攻撃の対象になる。ここに巣を作らせたらだめだ。僕はきのうのうちに武蔵野市役所環境部緑のまち推進課公園係にメールを送ったけれど、今日は祭日だからお役人が見るのは明日になるだろう。その間にカラスのマイホーム建設が進行しちゃうよ。

 ことしも庭のノミツバ(野三つ葉)が順調に伸びている。葉が固いから、お浸しにするには先端の若い芽しか使えないが、かき揚げに混ぜたりするには絶好だ。今夜は蕗のとうも一緒に天ぷらにするかな。
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今日は微妙だな

CA3I5284000100010001.jpg 先週公開の3軒にまたまた大当たりあり。最近好調だな。「能宗」さんは「のうそう」「のそう」さんで全国102軒。広島72(福山市62)、兵庫7、埼玉・神奈川・大阪各4。「これだけ福山市に集中しているのは然るべき理由があるはずですが、調べきれませんでした」と鍋谷さんのメールにあった。「能州」さんは「のうしゅう」さんで、全国7軒の珍名だった。やったね。東京3、千葉・福井各2。由来不明とか。僕の勘だけど、どちらも能楽とは関係ないな。手元の観世流能楽師名簿を見ても、福山市に観世シテ方は住んでいない。部外秘の名簿がどうして僕の手元にあるかは秘密のあっこちゃんだ。  

 「癸生川」さんは「けぶかわ」または「きぶかわ」と読むらしい。栃木76(栃木市45)、東京・埼玉・神奈川各13、千葉8。鍋谷さんのメールには地名由来のようですとある。栃木県中西部を流れる鮎の名川思川(おもいがわ)を挟んで、東岸に壬生(みぶ)、西岸に癸生(きぶ)の地名があるという。地図で確かめるとその通りだけど不思議だな。壬(みずのえ)は北北西、癸(みずのと)は北北東なのに逆じゃん。なお「名川」は「めいせん」と読んでね。川釣り師だけの言葉で、美味しい鮎がいっぱい獲れる川をそう呼ぶんだ。岩魚や山女魚が腐るほど釣れても名川とは言わないから、そこんとこよろしく。

 さて本日公開は写メの4軒だ。上段は「きいり」さんだろう。中段は同じ家にお住いの「うねざき」さんと「かわかた」さんか。下段は本当に苗字かなあ。「明日」に「ぬくい」とルビが振ってある。4軒の中で、どれか二桁前半になるかどうか、ちょっと微妙な感じ。というわけで、今日は遠方より母のために線香を上げに来てくださる人あり。ありがたいことです。
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日の丸業者

CA3I5330000100010001.jpg きのうは午前中に会議を済ませ、荻窪駅から西へ歩いた。住宅街をうろつくが珍しい表札には出会えない。二つの小学校前を通ったら卒業式で、校門に日の丸が翻っている。やはり旗は風のある日に掲げるがいい。無風で垂れ下がっていては美しくない。青梅街道から女子大通りに入ったら、杉並区立荻窪中学校の校門にも日の丸がはためいていた。我らがハセピーや伊藤蘭ちゃんや坂上忍が卒業した日も、ここには日の丸があったのだろうか。僕らの時代には、公立の小中学校でも日の丸を掲揚する学校としない学校があった。校長の考えや、日教組の組織率、PTAの雰囲気なんかが関係していたように思う。山の手よりも下町の学校の方が掲揚率は高かった。

 と、ここで僕ちゃんの素朴な疑問をひとつ。30年前、全国の中高校にある柔道場の畳の80%は「学研」が売っていた。学校へ日の丸売っているのは誰だろう。学研かな? 内田洋行かな? 旗なんてのは10年も20年も使えるから、畳ほどの商いにはならないだろうけど。というわけで、僕ちゃんは20年以上着た礼服を捨て、今日新しい礼服を買いに行きます。来週日曜日は母の納骨だからね。
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遠い記憶

CA3I5321000100010001.jpg 僕は3歳から小学校入学直前まで杉並区天沼に住んでいた。吉祥寺に父が建てた家を人に貸し、母の実家に移り住んだのだ。妹はまだ生まれていない3人家族が暮らす部屋の窓を開けると、大きなヒイラギの木があって、窓から手を伸ばすと鋭い棘のある葉に触れることができた。季節は覚えていないが黄色い花が咲いていたのを思い出す。

 花が咲いている日の朝、部屋のラジオから戦争のニュースが流れていた。「おばあちゃん、どっかで戦争してるの」と尋ねた僕に、祖母は朝鮮で戦争してるのよと答えた。朝鮮戦争勃発は1950年6月だから、僕は1歳と10カ月で戦争初期を覚えているはずがない。おそらくは年長組の三学期、時期は今頃だったのだろう。毎年この花を見るたびに祖母との会話を思い出す。その時祖母は滿55歳、生きていればこの7月で119歳になる。昔のことは結構覚えているのに、おとといの朝メシのおかずが思い出せない。どうしよう。というわけで、写メはきのう近所で撮影。きょうは都内で真面目な顔をしているよ。
 

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